介護の仕事は、人の暮らしを支えるやりがいのある職種である一方、心身の負担が大きく、うつ病をはじめとしたメンタル不調に悩む人も少なくありません。
人手不足による過重労働や感情労働、夜勤など、介護職特有の職場環境が、知らず知らずのうちに心を疲れさせてしまうこともあります。実際、介護の現場で疲弊し、休職や退職する方たちを見てきました。
この記事では、介護職におけるうつ病の実態や原因、見落とされやすい初期症状、セルフケア・職場での対策まで幅広く解説します。
さらに、うつ病と診断された際の休職・退職・転職に関する具体的な対応策も紹介します。
心のサインを見逃さず、介護職として健やかに働き続けるためのヒントをお届けしますので、ぜひ最後までご覧ください。
介護職におけるうつ病の現状と原因

介護の現場では、身体的な負担に加え、精神的ストレスも重なり、うつ病などのメンタル不調を訴える職員が少なくありません。
人員不足や業務の過密化、感情労働など、介護職特有の背景がうつ病のリスクを高めているのが実情です。ここでは介護職でうつ病が多いとされる理由と、実際の発症状況をわかりやすく解説します。
介護職でうつ病が多い理由
介護職は他職種と比べても、うつ病の発症リスクが高いとされており、次のような職場環境・業務内容がその背景にあります。
- 人手不足と過重労働
慢性的な人員不足のため、一人あたりの業務量が多く、心身の疲労が蓄積しやすい状況が続きます。休日出勤や連勤、突発的なシフト変更も多く、休息が取りづらい点も問題です。 - 感情労働による精神的疲弊
利用者やその家族とのコミュニケーションには、高い共感力と忍耐が求められます。ときに理不尽なクレームを受けたり、感情を抑えながら接することが求められる場面もあり、精神的に消耗しやすい傾向があります。 - 不規則な勤務と生活リズムの乱れ
早番・遅番・夜勤といったシフト制勤務により、生活リズムが整わず、睡眠障害やホルモンバランスの乱れが起きやすくなります。これがうつ病の発症リスクを高める要因となります。 - 職場の人間関係や孤立感
チームワークが求められる一方で、コミュニケーションの行き違いや価値観の違いから人間関係のストレスが生まれやすい職場です。とくに新人や異動して間もない職員は孤立感を抱きやすく、メンタル不調に陥りやすい傾向があります。
介護職における、うつ病など精神疾患の発症状況
うつ病の発症率に関するデータを見ても、介護職の置かれている状況が浮き彫りになります。
- 労災請求件数の中でも精神障害は年々増加傾向
厚生労働省の資料によると、令和5年度の精神障害に関する労災請求件数は3,575件、支給決定件数は883件で、いずれも過去最多となっています。業種別では「医療・福祉」が最も多く、494件の請求がありました。社会保険・社会福祉・介護事業の従事者の精神疾患による労災申請が中心を占めていることが分かります。 - 医療・福祉分野の離職理由の上位に「精神的負担」
離職理由としても「人間関係の悩み」「心身の健康問題」が上位を占めており、精神的な不調が離職の大きな要因となっています。現場では、うつ病や適応障害、燃え尽き症候群などの発症が深刻化しており、メンタルヘルス対策の強化が急務となっています。 - 20代~30代での発症例も多数
年齢や経験年数に関係なく、うつ病は誰にでも起こり得ます。特に若手職員は責任の重さと経験の少なさのギャップに苦しみやすく、早期離職やメンタル不調を引き起こす要因となっています。
こうした背景から、介護職はうつ病の予防と早期発見が重要視される職種のひとつといえます。
介護職のうつ病の主な症状とサイン

介護職におけるうつ病は、精神的な不調だけでなく身体面や行動面にも症状が現れるため、早期に気づきにくいという特徴があります。業務の忙しさや責任の重さに紛れてしまい、気づいた時には重症化しているケースも少なくありません。
特に、「最近元気がない」「表情が暗い」「話しかけても反応が鈍い」など、普段と違う様子が見られた場合は注意が必要です。
また、介護現場では「遅刻や欠勤が増える」「仕事のパフォーマンスが低下する」「身だしなみに気を使わなくなる」など、行動面の変化にも目を向けましょう。
セルフチェックリストや、同僚・家族による客観的な観察も早期発見につながります。うつ病のサインを見逃さず、早めの対応が重症化を防ぐ第一歩となります。
介護職で見られやすいうつ病の具体的なサインを、心理面・身体面・行動面の観点から解説します。
心理的な症状:気持ちや思考の変化に注目
うつ病で最初に現れやすいのが、気分や思考の変化です。以下のような状態が2週間以上続く場合、注意が必要です。
- 何をしても楽しく感じない(興味の喪失)
- 「自分は役に立たない」「迷惑をかけている」と思い込む
- 忘れ物が増える
- ミスが増える、判断力が鈍る
- 仕事に行きたくない気持ちが続く
身体的な症状:仮面うつにも要注意
心の不調が身体に表れるタイプのうつ病は「仮面うつ」とも呼ばれます。特に身体の痛みやだるさを訴えることが多く、「単なる疲れ」と見過ごされがちです。
- 慢性的な頭痛や腹痛、肩こり
- 朝起きられない、過眠・不眠
- 食欲の低下や過食
- 全身の重だるさ、倦怠感が抜けない
行動面のサイン:職場で気づける異変
介護現場では、次のような行動の変化から異変に気づくことができます。
- 遅刻・欠勤・早退が増える
- 表情が暗く、笑顔が見られない
- 同僚との会話を避けるようになる
- 報連相の回数が減る、ミスが増える
- 利用者への対応が機械的・そっけなくなる
チェックリスト:うつ病の初期サインかもしれない行動
行動の変化 | 注意度 |
以前は明るかった職員が口数が減った | ★★★ |
いつもより業務ミスが多くなっている | ★★ |
身だしなみが乱れていることが増えた | ★★ |
利用者への声かけが少なく、無表情が増えた | ★★★ |
休憩中に誰とも話さず、一人でいることが多い | ★★★ |
これらの行動は、本人の性格や体調による一時的なものの場合もありますが、複数当てはまる場合は注意が必要です。
同僚としてそっと声をかけるなど、周囲の配慮も大切です。
介護職のうつ病と燃え尽き症候群の違い
介護現場では「うつ病」と「燃え尽き症候群(バーンアウト)」が混同されることが少なくありません。どちらも心身の不調を伴いますが、その成り立ちや対応の仕方には明確な違いがあります。
両者の違いをわかりやすく整理し、それぞれに適した対処法について解説します。
うつ病と燃え尽き症候群の違いとは?
まず、それぞれの基本的な定義と特徴を比較してみましょう。
項目 | うつ病 | 燃え尽き症候群(バーンアウト) |
原因 | 多様(過労・心理的ストレス・体質など) | 特定の仕事・職場に対する過剰な関与と疲弊 |
感情の特徴 | 無気力、自己否定、強い抑うつ感 | 情熱の喪失、イライラ、無関心 |
継続する症状 | 日常生活すべてに影響を及ぼす | 主に職場・業務に対して意欲が低下 |
回復のきっかけ | 医療的介入(薬・カウンセリング)が必要 | 職場環境からの距離・再評価が有効 |
症状の対象範囲 | 仕事以外にも波及(家庭生活・趣味など) | 主に職場への感情的枯渇 |
燃え尽き症候群の典型的なプロセス
燃え尽き症候群は、以下のような段階を経て進行するといわれています。
- 理想や使命感を持って仕事に取り組む
- 期待通りにいかず、挫折感を味わう
- 慢性的疲労・無力感を覚える
- 感情が枯渇し、無関心・無気力状態へ
介護職は「人の役に立ちたい」「感謝されたい」という思いを持つ人が多い一方で、現場では理想と現実のギャップが大きく、それが燃え尽き症候群を招く原因になりがちです。
見分けるためのチェックポイント
自分や周囲がうつ病か、燃え尽き症候群かを判断する際は、以下のような視点を持つと役立ちます。
判断がつかない場合は、専門の医療機関への相談が第一歩です。自己判断だけで我慢せず、第三者の視点を取り入れることが重要です。
- 仕事以外の活動にも無気力か? → はい:うつ病の可能性が高い
- 職場を離れれば元気になるか? → はい:燃え尽き症候群の可能性
- 身体的不調(食欲不振・不眠など)があるか? → はい:うつ病のサイン
両者の共通点と対応のポイント
- どちらも早期対応が重要
- 無理に頑張り続けると悪化しやすい
- 職場環境や働き方の見直しが回復への鍵
- 一人で抱え込まず、上司や同僚への相談が必要
介護職は「思いが強い人ほど消耗しやすい」ともいわれます。
燃え尽き症候群は、早期に休息や業務の調整を行うことで回復が期待できますが、放置するとうつ病に進行するケースもあるため注意が必要です。
介護職の現場では、どちらの症状も見逃さず、適切な対策を講じることが重要です。
自分や同僚の異変に気づくために

介護職の現場では、うつ病や燃え尽き症候群といったメンタル不調が表面化しづらく、周囲が気づかないまま症状が進行してしまうことがあります。
そのため、日常のささいな変化に気づく視点を持つことが非常に重要です。ここでは、自分自身の異変に気づくセルフチェックの方法と、同僚の変化にどう対応すべきかを解説します。
自分の心の異変に気づくセルフチェック
毎日忙しく働いていると、自分の心の変化に気づくのが遅れがちになります。以下のような状態が続く場合は、心のSOSかもしれません。
「ちょっと疲れてるだけ」と思わず、定期的に自分の状態を振り返る時間を持つことが大切です。
- 「朝、仕事に行くのがつらい」と感じる日が増えている
- 楽しかったはずの趣味に全く興味が持てない
- 理由もなく涙が出たり、怒りっぽくなったりする
- 夜眠れない、あるいは寝ても疲れが取れない
- 「自分なんていない方がいい」と考えることがある
同僚の異変に気づくポイント
同じチームで働く仲間の変化に気づくことも、メンタルヘルス対策の第一歩です。以下のような行動は、心の不調を抱えているサインかもしれません。
急に昼休みに一人で過ごすようになった、会話に元気がない、というような変化が見られたとき、そっと「最近どう?」と声をかけるといったことも大切です。
- 笑顔が減り、表情が硬い
- 急に無口になった、話しかけづらくなった
- ミスや確認漏れが目立つようになった
- 報連相の回数が減り、孤立している
- 服装や身だしなみに無頓着になっている
声かけとサポートのコツ
相手の様子が気になるとき、どのように声をかければよいか悩むこともあるでしょう。以下のような接し方が効果的です。
ただし、深刻な様子が見られる場合は、無理に励ましたり、元気づけようとせず、専門機関への相談を促すことが大切です。
- 批判や評価をせず、共感を意識する:「つらかったよね」「わかるよ」など
- 答えを求めず、話を聞く姿勢を持つ:「無理しないでいいからね」と伝える
- 一人で抱え込ませない:「何かあったら一緒に考えよう」と寄り添う
日常からできる予防的な関わり方
職場全体でメンタル不調を予防するには、日頃の人間関係づくりが重要です。
以下はいずれも「特別なこと」ではなく、日常的な関心とつながりが、早期発見・早期対応につながります。
- チームミーティングで近況を共有する
- 雑談や何気ない声かけを習慣にする
- 1on1の面談を定期的に行う
- ハラスメントが起きにくい風通しの良い職場文化を育てる
介護職のうつ病への対処法・予防策

うつ病は早期の対処と予防が何よりも重要です。介護職は業務上の負担が大きいからこそ、個人でできるセルフケアに加え、職場全体でのメンタルヘルス対策が求められます。
ここでは、うつ病の予防と回復のためにできる取り組みを「セルフケア」「職場での対策」「外部支援の活用」「環境改善」の4つの視点から具体的に紹介します。
セルフケアとストレス解消法
うつ病の予防には、日々の小さなセルフケアの積み重ねが効果的です。無理せず続けられる方法から始めましょう。
- 睡眠・食事・運動を整える
質の良い睡眠、バランスのとれた食事、軽い運動(ストレッチや散歩など)は、自律神経の安定につながります。 - 自分の気持ちを言語化する習慣
日記やメモで「今日楽しかったこと」「つらかったこと」を書き出すだけでも、心の整理になります。 - オンとオフの切り替えを意識する
仕事後にリラックスできる時間を確保し、入浴や趣味などで緊張を和らげることが重要です。 - ストレス発散方法を持つ
好きな音楽を聴く、軽く身体を動かす、誰かと話すなど、自分なりの「回復スイッチ」を見つけておきましょう。
職場でできるメンタルヘルス対策
個人だけでなく、職場全体で取り組むメンタルケアも欠かせません。チームでの支え合いが、心理的安全性を高めます。
- 定期的な1on1面談や雑談の時間を設ける
上司やリーダーが定期的に話を聞くことで、早期の異変に気づきやすくなります。 - メンタルヘルス研修の実施
ストレス対処法やコミュニケーションのコツを学ぶことで、全体のストレス耐性が上がります。 - 上司や同僚が声をかけやすい雰囲気づくりを心がける
上司や同僚に気軽に相談できる関係性づくりは、孤立を防ぎ、早期発見につながる効果があります。 - シフト作成の工夫と柔軟な調整
連勤や夜勤の偏りを避け、過重労働を避けることも大切です。
相談・支援機関の活用
自分や周囲の力だけで対応が難しい場合は、外部の支援機関の活用も視野に入れましょう。
支援機関 | 主な内容 |
産業医 | 職場での健康相談・休職判断などの支援 |
EAP(従業員支援プログラム) | 企業契約の心理相談・カウンセリングなど |
自治体の保健所・精神保健福祉センター | 精神疾患の相談や、医療機関の紹介 |
労働者健康安全機構・こころの耳 | 働く人の心の相談窓口(電話・メール) |
職場環境の改善ポイント
うつ病の根本的な予防には、働く環境自体の改善が不可欠です。以下のような視点での見直しが求められます。
- 業務負担の平準化と役割分担の明確化
一部の職員に業務が偏ることを防ぐために、日頃から業務量を見える化する仕組みが有効です。 - ハラスメント防止と相談体制の整備
パワハラ・モラハラ対策のマニュアル化や、匿名相談窓口の設置などで安心感を確保します。 - 心理的安全性を高める風土づくり
失敗や悩みを共有できる職場風土は、メンタル不調の発症リスクを下げる要因になります。
うつ病の対処・予防は、一人だけでがんばるものではありません。
職場全体で支え合い、仕組みとして予防策を取り入れることが、誰もが安心して働ける環境づくりにつながります。
うつ病で休職・退職・転職を考えるとき

うつ病を抱えながら仕事を続けることが難しくなった場合、休職・退職・転職という選択肢を考える必要があります。
どの選択にもメリットと注意点があり、自分の体調や将来の働き方を見据えて判断することが大切です。
ここでは、各選択肢の具体的な手続きや検討ポイントをわかりやすく整理して解説します。
うつ病で休職する際の流れとポイント
心身に不調を感じている場合、まずは「無理をして働き続けない」という判断が重要です。休職は、治療と回復を目的とした大切な選択肢です。
ただし、会社によっては「休職制度」がない場合や、休職期間に上限がある場合もあるため、制度の有無や期間の確認が必要です。
- ① 医師の診断書を受け取る
精神科や心療内科での診断を受け、「うつ病」「適応障害」などの診断名と休職期間が記載された診断書を取得します。 - ② 会社へ休職の申し出をする
上司や人事担当に相談し、就業規則に沿った手続きを行います。診断書の提出が必要になるため、事前に確認を。 - ③ 傷病手当金の申請
健康保険に加入していれば、連続して3日以上仕事を休んだ場合、4日目から「傷病手当金」が支給される可能性があります。会社を通じて申請書を提出しましょう。 - ④ 休職中の過ごし方
治療に専念しつつ、規則正しい生活リズムを意識します。状態が安定したら、復職に向けた面談やリハビリ出勤を検討します。
退職を決断する前に考えるべきこと
どうしても復職が難しい場合や、職場環境に戻ることに強い不安がある場合は、退職という選択肢も考えられます。
ただし、感情的に即決するのではなく、以下の点を冷静に整理することが重要です。
また、退職の前に、信頼できる人(家族・産業医・就労支援機関など)に相談し、選択を一人で抱え込まないようにしましょう。
- 経済的な見通し
傷病手当金・失業手当・生活費など、退職後の生活資金を具体的に試算しておきましょう。 - 再就職の準備期間
回復後すぐに働けるとは限らないため、焦らず自分のペースで進められるスケジュールを組みます。 - 公的支援制度の活用
ハローワークでは、メンタル不調により退職した人向けの就職支援や職業訓練も行っています。
転職を検討する場合の注意点
体調が落ち着いてきたら、「もう一度働きたい」という気持ちが芽生えることもあります。
ただし、再発を防ぐためにも、自分に合った職場選びが何より重要です。
- 無理のない勤務形態・労働環境を選ぶ
シフトの少ない職場や、夜勤なしのポジションからスタートするのがおすすめです。 - 職場のメンタルヘルス対策を確認
ストレスチェック制度の有無、定期面談、相談窓口の整備などが整っている職場を選びましょう。 - 転職エージェントの活用も検討
医療・介護系に特化した転職支援サービスでは、心身の状態に配慮した求人の提案を受けられることがあります。
うつ病経験を活かしたキャリアの選択肢
うつ病を経験したことは、マイナスなことばかりではありません。
同じように悩む人の気持ちに寄り添える経験として、今後のキャリアに活かすこともできます。
- 相談支援専門員、ケアマネジャーなどへの転向
直接介護以外にも、対人支援や福祉に関わる仕事で活躍する道があります。 - ピアサポーターや体験共有の活動
同じような経験を持つ人に対して、体験を語ることや支援活動を行う事例も増えています。 - 働き方の見直し
フルタイムからパート勤務、在宅勤務や副業など、自分に合ったペースで働くスタイルへの転換も有効です。
まとめ
介護職は社会にとって欠かせない重要な仕事である一方、心身への負担が大きく、うつ病を発症するリスクが高い職種でもあります。
人手不足による過重労働や感情労働、不規則な勤務体系など、さまざまな要因が日々のストレスとなり、心の健康を損なうきっかけになりかねません。
うつ病は誰にでも起こりうるものであり、「気の持ちよう」や「がんばり」で解決できるものではありません。
大切なのは、自分自身や周囲の小さな異変に早く気づき、適切なケアや支援につなげることです。また、休職や転職といった選択も、回復と再スタートのために必要な一歩となる場合があります。
うつ病を予防・対処するためには、個人のセルフケアに加え、職場全体でのメンタルヘルス対策や職場環境の見直しが不可欠です。